さて、今回ご紹介する心理学は『イネイブリング』という考え方です。『イネイブリング(enabling)』とは、一般的な辞書の意味では「~ができるようにする」ことです。ただ、心理学ではもっとネガティブな意味で使われており、「相手を助けたいと思って取る行動が、結果的に相手の問題の解決を邪魔してしまっている」ことを指します。
イネイブリングは、もともとアルコールや薬物などの依存症の治療研究で、主に依存症の患者さんとその家族との関係で使われるようなりました。
以下の事例のような状況でイネイブリングが起きていると考えられます。
夫はビールや日本酒を夕食時によく飲んでいた。ただ、次第に飲酒量が増えるようになり、酒が切れるとイライラして家族に八つ当たりをするようになった。妻は、夫が飲み過ぎないようにと説得しようとしたり、買い置きの酒を隠したり、お金を渡さないようにした。しかし、夫は酒が切れると不機嫌になり、子どもにも暴力をふるう時は、しぶしぶ妻は酒を夫に与えた。また、夫が飲み過ぎて朝起きられず、仕事を休む際は、妻が代わりに病欠の連絡をしたり、近所の居酒屋で他の客とトラブルになった際は、妻が代わりに謝りに行ったりした。
そうした生活が3年続き、妻が過労で倒れて入院することになったが、それによりやっと周囲の人に夫がアルコール依存症であることが発覚し、医療に繋げることができた。
この事例はアルコール依存症の患者さんの家庭でよくあるパターンです。妻の取った行動は『夫のため、家族のため』のものでしたが、下線部の行動は全てイネイブリング(夫が飲酒を続けることを可能にしている)となります。
説得しようしても、それが酔っている時では夫には自分が責められた印象しか残らず、酒を隠す行為は、夫にもっと上手くお酒を入手しようという動機を与え、暴力に屈してお酒を与える行為は、つまり家族を脅せばお酒を入手できることであり、さらに暴力をエスカレートさせてしまうものとなります。飲酒によって生じた夫の失敗(困った事態)を妻が尻拭いしていたことは、結果的に夫のアルコール依存を進行させてしまっていました。
実は身近で起きている、家庭の養育におけるイネイブリング!
例えば、子どもは出生時は全てにおいて養育者のケアを必要としますが、成長に伴って様々な機能が発達し、周囲の手助けを必要とする度合いが減って行きます。「子どもは親にとっていつまでも子どもだ」と、何でも代わりにやってあげたいのは親のエゴです。
時に過剰な世話焼きは、子どもがいつまでも甘えていられる状況を作り(イネイブリング)、子どもの自立の妨げとなる可能性があります。
ですので、子どもの成長に合わせて、養育者は手を貸す場面や手を貸す度合いを見極めて行くことが望ましいと考えられます。ふだんのお子さんとのやり取りを振り返ってみて、「もしかして世話し過ぎていたかも…」と思い当たることがあれば、ぜひ一度家族で『できること・できないこと・してほしいこと』を話し合ってみてはいかがでしょうか。