私が相談室で勤務している時に、時々顔を出してくれたN君はおしゃべりが好きな男子でした。興味のあるアイドルや好きな歌のこと、気になるマンガやアニメの話しなど、どちらかというとオタクな趣味が好きで、なかなか周りに同じ分野が好きな人がおらず、私を話し合い相手にするため相談室に来ているようでした。
N君は、学校の成績はかなり良い方でしたが、ある時「家で勉強ができない!」と不満を話してくれました。家に自分用の机はあるけれど、年下の弟妹がそこを占領してしまって使えず、「だから、夜は階段や廊下で勉強しないといけないけど、床が硬くて足が痛い」とのことでした。
それを聞き、私は「リビングや子ども部屋とか、ほかの机があるところで勉強しては?」と尋ねました。しかし、家の中で食事の時以外、リビングにN君が立ち入ることや食事後も居ることは許されておらず、N君の居場所は彼のベッドの上か廊下か階段しかないのだそうです。
先日も、N君以外の家族でテーマパークに遊びに行って来たそうで、「父さんに『お前は留守番してろ』って言われたんですよ。まあ、いつもそうだから、もう慣れたから良いですけど」と言い、家族がいない間はリビングで好きなことができるから楽しいんだと話してくれました。
N君の家庭は、実の両親と姉(高校生)、弟と妹(二人とも小学生)の6人家族だそうですが、彼だけが他の家族と違う扱いを受けているということでした。「子ども部屋にもエアコンがあるんですけど、僕しかいない時は使っちゃダメなんです」と言うので、最近は35度を超えるような真夏の時はどうしているのか尋ねると、「布団に横になってジッとしてると案外平気ですよ」と笑っていました。
さらに、N君が放課後に相談室に寄っておしゃべりをして帰ることが多いのは、家族でN君だけ家の鍵を持たせてもらっていないため、早く帰っても家族の誰かが帰宅するまで家に入れないので、放課後、時間をつぶす目的もあったようでした…。
虐待というと、殴る・蹴るといった身体への暴力を想像しがちですが、虐待の種類(身体的虐待・心理的虐待・養育放棄(ネグレクト)・性的虐待)の中で最も割合が多いのは、N君のケースのような心理的虐待です。さらに、パートナーの連れ子でなく、自分の実の子どもであっても虐待したり、きょうだいの中で一人だけ虐待したりするというケースも少なくありません。
「親だから子どもにしつけをするのは当たり前」「厳しくしつけないとろくな人間にならない」という名目で、平気で虐待を行っている保護者には罪悪感がなく、むしろ「自分の考えが絶対に正しい」という独善的な思い込みの正義感や使命感まで持っている場合があります。そうすると、自分たち以外の外部の意見は余計な口出し、はたまた自分たちに対する攻撃や侮辱とまで感じ、学校や児童相談所、警察、医療機関などの職員や専門家の言葉にも耳を貸そうとしない場合もあります。
N君の場合、保護者による上記のような心理的虐待行為に加え、N君にとっての同胞である姉や弟妹たちにまで、その虐待行為に加わるように仕向ける悪質性がうかがえました。N君には改めてこれまでの家庭での扱いは虐待と呼ばれる行為に相当し、私はカウンセラーとして力になりたいことを伝え、いったん保護者と離れるために児童相談所への相談と一時保護の利用を勧めました。
はじめ、N君は面倒事は父母の怒りを買うので嫌と、申し出を拒否していましたが、本当はそうした仲間外れにされる生活がずっと嫌だったこと、「どうして自分だけ…?」と理不尽だと思っていたけれど、成績が良ければ、いつか父母も見直してくれるかも知れないと勉強を頑張ってきたことなど涙ながらに話してくれました。
児相の職員との話し合いの場に私も同席し、N君が話すサポートをすることを約束し、児相に連絡を行いました。その後、話し合いが行われ、N君は家庭を離れることを希望し、一時保護となりました。